白いブラインドの隙間から流れ込んでくる朝日が眩しくて、は目をうっすらと開けた。 「んー…」 何度か瞬き、現在の時刻が朝であると、ゆったりと頭の中で認識して、ベッドから気だるそうに起き上がる。 目を擦りつつ部屋を見回して、ふと隣の空間がカラだということに気付き、思わず振り返って、数秒後に笑う。 「……あー…、今日は居ないんだっけ…」 いつもは彼と二人で迎える朝。 だけど、最近はひとり。それがここ何週間か続いていた。 前のように「早く起きろ」と叱咤が飛ぶことは無くて、のんびりと起きれるのだけど、何だか少し、物足りない気もする。 「さて、と」 取り敢えず目も覚めたことだからと、遅い朝食を作るためにベッドから抜ける。 今日は休日。学校も、ない。 友人達との約束もないし、勿論忙しい≪彼≫との約束もない。 休日をのんびりと過ごせるわけだ。…ひとりで。 「なーにつくろっかな」 何とはなしに口ずさみながら、机の横にある鏡を見る。 いつもながらに寝起きの格好。 寝癖のついた髪を手櫛で整え、少し乱れたパジャマは、別に誰も居ないしいいか、と気軽に流し、扉に手をかける。 開ける。 「やっと起きたのかノロマ女」 思わずがくんと膝から力が抜けた。 勿論、扉を開けた途端、聞こえた声音に。目の前の、リビングのテーブルに座って悠々と珈琲を口に運んでいる人物に。 「まだ眠気が覚めんのか。大方、また昨夜も遅くまで起きていたんだろう。ガキと同じだな」 「あ、あ、あ、あのですねえっ!」 一方的に言われるのを遮って、勢い良くは立ちあがり、勢いをつけすぎて扉にぶつかりそうになりながらも、きっと彼を見据えた。 彼―――蓮を。 「勢いをつけるのは勝手だが、またいつものように何かと激突するなよ。目の前で怪我をされるのは面倒だからな。何より扉が壊れる。哀れだ」 「っへーえ、あなたに何かを哀れに思う気持ちがあるなんて、初耳だわっ」 「貴様のことも哀れだと思っているぞ。まあ貴様の場合、滑稽を通り越していっそ哀れだということだが」 「五月蝿いよっ! ―――って違う! どーして蓮が此処にいるの!」 「いつでも来いと言ったのは貴様だろう」 「そりゃ合鍵は渡したけどッ……! そうじゃなくて、まだ忙しいんじゃなかったの!?」 「片付けた」 「早っ」 「あんなもの、造作もないことだ」 フン、と鼻を鳴らしながら、蓮はカップをテーブルの上に置いた。 「……そーっすか」 肩の力が抜ける。 本当は、勝手に珈琲まで飲んでしかもそれがお気に入りのメーカーのものでそれを寛ぎながら一人で飲んでいたと言う事も指摘したかったのだけど。 何だかどうでも良くなってきて、結局呑み込んだ。 「でも良く片付けられたね……昨日、もう一週間ぐらいかかる、とか電話で言ってきたじゃない」 「ああ、言った」 「……よく出来たね。徹夜?」 「そうだ」 「眠くないの?」 「眠い。酷く眠い。―――貴様の所為で」 …………。 「―――っはぁ!?」 余りにも唐突でしかも理不尽な言葉に、は蓮に詰め寄った。 「なにそれ! どうしてあたしの所為になるわけ!?」 「貴様が悪いからだ」 「だから何で!」 「泣いていただろうが」 思わず。 はその姿勢のまま、その表情のまま、固まった。 息を呑む事さえ忘れて、呆然と目の前の彼を、凝視した。 『泣いていただろうが』 耳の奥で、遠く、反芻する言葉。 嗚呼わかってたんだ、と。 少し、悔しくなって、密かに唇を噛んだ。 昨日。 もう一ヶ月くらいは会っていないと言うのに、まだ忙しいと連絡があった。 遠い遠い、異国からの電話。 はまだ訪れた事は無いのだけど、その片付けなければいけない用事は、どうやら蓮の実家の方のことだったらしかったから。 まだ一週間は、帰って来れないと。 まだ、会えないと。 薄々とは感じていたけれど、いざ本人の口から聞くと、幾分かショックを受けた。 『―――そっか。じゃ、頑張ってね』 必死で震えないようにと、抑えて抑えて紡いだ言葉を。 彼は、その微かな抑揚だけで、読み取ってしまったんだ。 だから、こんなに早く。 此処に。 「…………」 決まり悪げに、は蓮を見る。 そんな視線も意に介さず、彼は平然とカップを口に運んでいた。 また、軽く唇を噛む。 「………蓮」 「なんだ」 「………………………―――…ありがと」 「フン」 長い沈黙の末、やっと出てきた言葉を、しかし蓮は一蹴する。 だけど、は何も言い返さなかった。 「ありがと」 再度口にして、照れたように笑う。 嬉しいよ。 そう、言外に含ませて。 蓮も今度は何も言わなかった。 「―――――さて」 珈琲を飲み終えたのか、空のカップを手に、蓮が立ちあがった。 流しにカップを運ぶその姿に、 「何処か行くの?」 と、不思議そうに首を傾げる。 その前で、だるそうに欠伸を噛み殺しつつ、蓮が言う。 「寝る。ベッド、貸せ」 「あ、うん。いいよ」 矢張り徹夜は堪えたらしい。 構ってもらえないからといって、も文句は言わないし、言えない。 素直に従って、先程出てきた部屋の扉を開ける。 と。 ノブにかけたその手を、蓮が掴まえた。 「………」 「………」 暫し沈黙する二人。 「………何でしょう?」 やや身を引きながら、蓮の顔を覗き込む。 「眠い」 「……うん。それは知ってるけど」 「来い」 「…いやあの。」 そう口を開いた時には、の手はぐいと引っ張られ、部屋の中に連れ込まれていた。 何の脈絡のない行動と言動に、唖然としていると、蓮が大仰にため息をついた。 「俺は眠い」 「………知ってるって」 「これも全て、貴様の所為だ」 「……何か理不尽に聞こえるけど」 「だから償え」 「聞けよ」 「快適に眠る為には、その前に適度な運動が必要だ」 「運動……? それって」 言うなり、蓮の言わんとする事が判ったのか、見る見るうちにの顔が赤くなる。 「ぎゃー、ちょっと待って! それ今は無理! 心の準備が」 「そんな格好をしておいて今更何が準備だ」 言われて自分の格好を見てみれば。 「わー違う違う! いやそりゃ確かにパジャマは乱れてますが別にあたしはそういうコトの為にしたわけじゃ」 「一人で寝ることほどつまらんものはないとこの一ヶ月で思い知った」 「蓮……って違うあたしは流されないっ! 別にあたしは眠くないしむしろお腹空いてるからこれからご飯作りたくて」 「五月蝿い」 「にゃあああああああああ!」 ばたん、と閉まる扉。 その向こうから、暫らくどたんばたんと物音が聞こえてきたが、やがてそれも静まっていき… そして完全に静かになった。 ―――後日。 「ちょっと。あたしが毎日寝不足だったのは、何もあたしが夜更かししてるわけじゃないんだからね! 蓮が悪いんだからね!」 「そうか」 「そうだよ。って軽く受け流すな―――ッ!」 腰が立たなくなって座り込んだまま、抗議するの姿があった。 お そ よ う 。 |